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precious
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少女趣味、と言っては語弊があるが、どこか山手の感覚は少女に似ている気がする。と京浜東北は時々思う。
たとえば、可愛いものとか手触りの優しいものとか、甘くておいしいものとか、そんなのが好きなところ。
たとえば、いつまで経ってもはじめに手を触れるときに恥じらったり震えたりするところ。
その視線の揺れを、惑うように惑わせるように震える唇を、こちらがどんな思いで見つめているかなんて、山手は知らないに違いない。
路線同士、男のかたちをした者同士で恋仲になって、それだのに乙女の恋心につけ込む製菓業界の陰謀であるところのバレンタインデイなんていうお祭り騒ぎに付き合ってやるのは、師走の死にそうな忙しさの中でクリスマスに付き合ってやるのよりも、ある意味勇気が必要だ。
幸か不幸か京浜東北にはそういう恥じらいとか気後れと言ったものがあまりないので、平日の昼日中だというのにたいそうな賑わいを見せている銀座の一角であまたの女性陣に混じってチョコレートを購入するなんてこともできはするのだが。
この時期なら、主要駅で特設コーナーが設けられているかとは思ったが、そこはいっそうの混雑だろう。働く女性も増えた昨今、女性は男性以上に忙しい。
そう思って京浜東北は、本店がある銀座に足を運んだ。本当の本店は、遠く海と陸を挟んだベルギーはブリュッセルにあるはずだが、銀座の店も銀座本店と言うらしい。
それはさておき、甘い香りに満たされた店の中で少々眩むような思いをしつつ、京浜東北はしばらくの後、赤い紙袋を手にして仕事へと戻った。
『あ、空色眼鏡だ、おっつかれー!』
「なんだ黄緑人形か、おつかれ」
『なんだってなんだよー! ひっどいなぁ!』
業務を終えて宿舎に戻る途中、山手線と一緒になった。
時間も時間なので多少声は抑えつつ、それでも山手は腹話術、内回り人形として話す。器用と言うか何というか。
「ああ、そうだ山手、少し時間ある?」
『なになにどーしたのー? お説教なら要らないよ☆』
「終業後に説教垂れるほど僕は暇でも仕事熱心でもないよ。――日付変わったからもう14日だろ」
「あっ……」
小さく呟いて、山手はとたんに頬を赤くした。寒さのために色づいていた耳も、今は違う意味合いで赤い。
「君の部屋行って良い?」
「ぅ、うん……」
ちら、と山手の視線が手に持つ袋へと移る。
紙袋を見られてしまえば一目瞭然なので、事前に紙袋ごと別の袋の中に入れている。上には書類やら着替えやら雑多なモノを入れて隠して、山手が覗き込んでもあの鮮やかな赤は見えないに違いない。
二人並んで歩き、京浜東北の部屋を越えて山手の部屋の前に辿り着くと、山手は緊張した面持ちで鍵を取り出した。
京浜東北は今まで、山手の部屋を訪れた時に待たされたことがない。いつでも整頓された部屋は、いつでも京浜東北の訪問を待っているかのよう……とは言い過ぎだろうか。
「な……何飲む? 紅茶、珈琲?」
「インスタントコーヒーで良いよ」
反射的に答えてから、それではあのチョコレートに失礼だろうか、と思い至る。
「ああ、訂正。――君が選んでくれたものに合うと、君が思うものを」
そう言い直せば、山手は頷いた。
水を入れたやかんを火にかけて、山手が戻ってくる。ちゃぶ台、と言った方が近いローテーブルを挟んだ向こう側に、正座。
見知らぬ者が見たら無表情この上ないだろうが、京浜東北からしたら、そわそわしているのが丸わかりだ。
吹き出しそうになるのを堪えつつ、それでも緩む口端を隠しきれずに京浜東北は口を開いた。
「お湯が沸くまで時間があるよね。先に交換会しておく?」
「う、うん……今持ってくる」
立ち上がった山手は、すぐに戻ってきた。背に隠しているが、京浜東北は見てしまった。彼が手にしたその紙袋の色を。
「じゃあ、先に僕から。――はい、Happy Valentine's Day」
「ぁっ……」
「君のは?」
「っ……は、ハッピー、バレンタイン、デイ……」
山手が差し出したのは、鮮やかでかつ濃い深い、紅赤の紙袋。そう、京浜東北のと同じ、ノイハウスの。
「同じところのだね。以心伝心かな? 中身は? 僕のはコレ、バレンタインBOXっていう、いかにもな名前の、ちょっと箱が可愛かったからね、君が好きかなと思って」
「おれは……これ……」
そう言って山手が袋の中から取り出したのは、茶と抑えた金色の箱だった。山手が選ぶには、見た目としては意外なくらいに渋い。リボンは良く見れば、ほんのりと淡いピンク色をしていた。
『ノイハウスが世界で初めてプラリーヌを作ったのは1912年なんだよ! だから100周年を記念したスペシャルコレクションなんだ! 心して食べてよね!』
山手はおもむろに息を吸ったかと思うと、内回りの腕を振り回してまくし立てた。説明を聞きながら、もう一度箱に目を落とす。リボンに印字された文字に目が止まった、
「precious……?」
このチョコレートのセットの名前だろう。100周年記念のスペシャルコレクションなのだから当然だ。
「山手、――Thank you, my precious」
せっかくだからと贈り物にかけて呼びかければ、目の前の顔がさらに赤くなった。ぱくぱくと口が動くけれど、内回り以上にぎこちない。ちゃんと呼吸を出来ているのか心配になるくらいだ。
「そんなに照れられると困るな。――沸騰しすぎてやかんのお湯がなくなりそうだ」
「あっ……!」
すっかり忘れていたらしい。慌てて立ち上がって山手がキッチンに向かう。火傷しないようにね、と声を掛けれると、山手の手がミトンに伸びたのが見えた。助言は無事に聞き入れらえたようだ。
漂い始めた香りに、山手が淹れているのが珈琲だと知れる。時間がかかっているから、インスタントではなくドリップタイプなのだろう。豆を挽くのはさすがに面倒だけれども、少しゆったりとしたひとときを過ごしたい時には、インスタントよりドリップタイプの方が良い。
湯気と共に立ち上る薫りを楽しんで、一口。
「……いつもと違うブレンド? 珍しい。少し濃いめだね」
「その方が、たぶん、それには合う……。おまえがくれた、これにも」
「そう? じゃあ――これからいただこうかな」
京浜東北は、五つの中から箱と同じキルティング模様の施された四角いチョコレートを手に取った。ビターチョコレートだろう。プラリネコレクションということは、中には何かが入っているはずだ、何だろう。そう思いながら、小さなキューブの中程に歯を立てる。
軽やかな音を立ててキューブが割れた。
「……! ――おいしい……」
ビターチョコレートの中身は、少しざらりとした舌触りだった。何かナッツを刻んで……磨りつぶすくらいに細かく刻んで混ぜているのだろう、舌で転がすそばから溶けて消えていく。
専門家ならもっと言葉豊かにこの味を讃えるのだろうが、あいにく京浜東北が言えることと言ったら「美味しい」ただそれだけだ。
「良かった……」
「こんなスペシャルなものがあるんだったら、それにすれば良かったかな。僕が買ったの、それ、きっと君は全部食べたことある気がする……」
普段ここのチョコレートを食べる機会がない人も口にするバレンタイン向けのセレクションだ。きっと定番の中でも人気のモノを選りすぐり入れているのだろう。そんなチョコレートが美味しくないわけはないだろうが、逆に言うなら山手はとっくに食べているに違いない。
そんなことに今の今まで気がつかない程度には、京浜東北も舞い上がっていたのかも知れない。
「大丈夫、何度食べても美味しい。京浜東北がくれたなら、もっと美味しい」
そう言って、山手は京浜東北が用意した箱の中に収まる四つのチョコの中から、赤い包みに覆われたハート形のものを手に取った。
山手の台詞もさることながら、その選択は京浜東北の心遣いと恋心とを喜んで食べてくれるようにも思え、そんなことを思った己の発想に、京浜東北は赤面した。山手がしそうな思考だ。
「うん。美味しい」
「ねぇ、山手。これさ、君も半分食べない? 100周年の記念のものなんでしょう? 僕が食べるより、ここのチョコレートを大好きな君が食べる方が、チョコたちも喜ぶよ」
そう提案すれば、山手のは大きく瞬きをして、そしてはにかみつつも頷いた。
それぞれが用意した、残り七つのチョコレートを食べ終える頃には、京浜東北の胸は甘さ控えめのはずチョコレートで、すでにいっぱいに満たされていた。
―― Happy Valentine's Day !!
――――と、いうわけで!(?)
山京バレンタイン、2013!
前回書いたバレンタインコバナシ(2009年…)は遅延チョコ、日付変わって15日だけどまだ14日扱いで!みたいな話だったので、今回は14日になってすぐのお話で。
前に在来レイルズで山手がノイハウス好きだって書いてあったので、ノイハウスのチョコレートを。
――13日の仕事帰りに目黒に行って買って来ましたよ! マジでマジで!
(アトレ目黒の中にノイハウスがある。常設)
京浜は銀座本店に買いに行ったけど、山手はきっと目黒で買ってる。ていうかきっとプレシャスも自分で買ってすでに食べてると思うww
『バレンタインBOX』ていうのの4個入りと、『プレシャス』(100周年記念の)の5個入りを、買って来ました。作中に出てくる、京浜が買ったのと、山手が買ったの、ですね。
こういうの(下記写真参照)。
赤い紙袋、と、ふたつのチョコ外箱。
京浜東北が選んだ、バレンタインBOX。箱が可愛いv
山手が選んだ、precious。見た目もお味も大人向け?
……やっばい、おいしかった!
もうね、感想、「美味しい……」しか出て来ないくらい!
プレシャスはビターなダークチョコレート系が多いので、甘いものがあまり得意じゃない方にも良いのでは。
逆にビター苦手な人でもこれなら美味しく食べられると思う!私がそうだから!
ネタのために3千円投資した甲斐があったというものですww
皆さんも是非是非どうぞ!(回し者)ww
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